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「待ってください。何故私が料理ができると知っているんです? そもそも、私は名乗ったつもりは…」
ない、と続くのだろう。分かるに決まっている。こちらには、全てが筒抜けなのだから。それでも、武虎は「さあ?」と空惚けてみせた。
「何でかねぇ」
マグカップの柄を持つ左手に、無意識に力が篭る。
咲月武虎は、会ってすぐに卯ノ花朧が、アリシア・ガードナーの血筋の人間だと理解した。それと同時に、卯ノ花朧という男の家庭事情や現在彼が置かれている状況も即座に『聞いて』把握した。
外見は透き通るような銀髪に、夜色の瞳。それもよく観察すれば、深い緑色に輝くらしい。
顔立ちはそう、どちらかと言えば欧州寄りだ。
自分よりも幾ばくか高い身長が纏う蝋色のスーツの下には、戦場で負った数え切れない程の傷が生々しく残っているらしい。
「…(それで?)」
卯ノ花朧を『聞け』ば聞くほど、武虎の心は騒ついた。腹の奥底から迫り上がってくるこの感情は、おそらく怒りだ。
武虎は、どちらかと言えば温厚な人間である。あらゆるものを見聞きした影響か、あるいは元々そういう性質だったか。大体のことは上手に流して世間と付き合ってきた。しかし、それでも、理屈で流せないものも確かに存在するのだ。
武虎が苛立っている原因は、この男が自分の並外れた腕力や特殊な血、万人よりも優れた回復力の高さについて、然程疑問を抱いていなかったことにある。勿論、朧が規格外のその能力に憂いているのは理解した。
特にその腕力の制御には苦労してきたらしい。この男とアリシアの相違点は、その力を外界に向けることで自分が進む道を選びとってきたことだろう。対して親友は、その手が誰かを傷つけてしまうことを恐れて、あの森の奥深くに閉じ篭っていた。
それから。
卯ノ花朧も、アリシアと同じく独りだった。
その外見もさることながら、その異質な力が周囲からどのように見られていたのか。想像に難くない。殊日本では、自分たちと違うものを迫害する傾向にある。卯ノ花朧も、平穏とは程遠い日常を送っていたらしい。
だが。
何故、この男はその能力のルーツを調べようとしなかった?
彼ほどの諜報能力があれば、そのルーツに辿り着くことは可能だったのではないか?
何故アリシアだけがあんな森の、奥深い場所で、独りで過ごすことを強いられなければならなかった?
何故、この男は何も知らず、こうして此処にいる?
代われとは言わない。
口出しする権利は、当事者同士にしかない。
そんなことは分かっている。
分かっているからこそ、儘ならぬものだと拳を握り込み、冷えた笑みを貼り付けて素知らぬ振りを通す他ないのだ。
無表情に此方を見下ろす男を前に、武虎は「会ったばっかなのに御免なァ」と嗤った。
「俺、あんたのこと嫌いなんだわ」